糖尿病
とうにょうびょう
〔内科〕
インスリンの分泌不足や作用の低下によって、血糖値が慢性的に高くなっている状態を糖尿病といいます。
血糖とは血液中に含まれる糖質のことで、その大部分はブドウ糖です。ブドウ糖は、食物中のデンプンやショ糖などが消化され、分解されてできたものです。できたブドウ糖は血液によって全身に運ばれ、エネルギー源として使われますが、このとき必要なのがインスリンです。血液中のブドウ糖を筋肉や体の組織の細胞にとりこむときに、インスリンが働いているのです。
インスリンはホルモンの一種で、膵臓のランゲルハンス島にあるβ細胞(B細胞ともいう)から分泌されます。このホルモンが何らかの理由でうまく働かなくなったり、十分に分泌されなくなると、筋肉や組織が血液からブドウ糖をとりこめなくなり、その結果、血液中のブドウ糖濃度が高まって高血糖と呼ばれる状態になります。これが糖尿病の正体です。
血液中の余剰ブドウ糖は、本来は腎臓で再吸収されますが、糖尿病になると血糖量が多すぎるために再吸収しきれず、尿中にブドウ糖が排泄されてしまいます。これを尿糖といい、尿糖が出始めるときの血糖値を尿糖排泄閾値(にょうとうはいせついきち)と呼び普通170~180mg/dlほどです。
血糖値は常に一定ではなく、空腹時には低く、食事をした後は上昇しますが、健康な人の血糖値は食後でも尿糖排泄閾値よりも低いものです。糖尿病の治療では、健康な人の血糖値を目標に、血糖値を正常範囲まで下げるようコントロールすることが課題になります。
また、糖尿病は食生活などの生活習慣とかかわりが深く、厚生省が定義する生活習慣病の1つに入っています。日本では40歳以上の成人の10人に1人が糖尿病といわれ、全国で約500万人以上もの患者がいると推定されています。肥満の増加などにともない、患者はさらに増加傾向にあるようです。
糖尿病には、大きく分けてインスリン依存型とインスリン非依存型という2つのタイプがあります。
原因
糖尿病にはさまざまな種類がありますが、いずれも背景には遺伝素因があり、それに環境因子が加わって、発症するのだといわれています。
インスリン依存型糖尿病(IDDM)では、膵臓のランゲルハンス島β細胞が障害され、インスリンをほとんど、またはまったく分泌できなくなります。この分泌障害が起こる原因は、自己免疫反応だといわれています。自己免疫疾患を起こしやすい遺伝子をもっている人が、ウイルス感染や化学物質の影響など何らかの環境因子を引き金に、ランゲルハンス島に対する抗体をつくってしまい、組織を攻撃してインスリンの分泌障害が起こる、というのです。しかし、自己免疫が起こるきっかけなどの発症の原因については、不明な点も多く残されています。また、自己免疫をつくる遺伝子をもっている人すべてがこの病気になるわけではなく、欧米の調査では、IDDMの親から生まれたこどもが、この病気になるのは数%に過ぎないとされています。
インスリン非依存型糖尿病(NIDDM)も、遺伝的になりやすい体質がベースにあるといわれています。しかし、こちらの場合は日常の生活環境が発症の大きなカギです。とくに、肥満や運動不足との因果関係が指摘されています。食事をすると、消化してできたブドウ糖が血液に入って血糖値が高くなります。これをインスリンの作用で正常値に戻すわけですが、現代の食生活はカロリー過多になりがちで常に血糖値が上昇しやすい状態にあり、慢性的なインスリン不足に陥りがちです。もともと糖尿病になりやすい体質の人がそのような生活を続け、さらに運動不足などの要因が重なると、何らかの理由でインスリンの作用が働きにくい状態(インスリン抵抗性)になってしまい、発症するのだと考えられています。遺伝的な体質といっても個人差があり、食生活も人それぞれ違いますから、発症しやすさや、発症しても症状が軽いか重いかはその人その人で異なります。
症状
日本人に多いインスリン非依存型糖尿病(NIDDM)は、軽いうちは自覚症状がほとんど出ません。このため早期発見が難しく、そのまま何年も経過することが多いのですが、症状が認められなくても高血糖状態は続いているので、病気は確実に進行していきます。
高血糖状態が持続すると、尿量が増えてトイレが近くなったり(多尿)、のどが異常に渇いて(口渇)、水やジュースなどを飲む回数が著しく増える(多飲)などの症状が出てきます。このとき糖分の多い飲料を飲んでいると、また血糖値が上がるので、さらに口渇がひどくなる、という悪循環が起こります。
また、糖が排泄されてしまうため疲れやすく、体重も減ってきます。抵抗力もなくなるので、皮膚が荒れたり、化膿しやすくなったり、感染症にかかりやすくなったりします。
さらに進行すると、糖の代謝だけでなくたんぱく質や脂肪、水分、ミネラルの代謝にも異常をきたしてきます。インスリン不足で糖の利用がうまくできなくなると、脂肪がエネルギー源として使われるようになり、その結果、血中にケトン体という物質がたまってきます。この物質は血液を酸性に傾け、強いだるさや脱力感、また吐き気などを起こします。この状態をケトアシドーシスといいます。
さらに放置すれば、糖尿病性昏睡といって意識がなくなったり、死亡することさえあります。また、視力障害、尿毒症、心筋梗塞、脳卒中などのさまざまな合併症も起こってきます。なかには、こうした合併症が出て、はじめて糖尿病を発見するケースもあります。なにか症状が出たときにはかなり進行してしまっている、というのがこの病気の怖いところです。ですから、自覚症状がないうちに、検査で早期発見をすることが重要なのです。最近は健康診断により軽いうちに発見されることも増えてきています。
インスリン依存型糖尿病(IDDM)は急激に症状が出ることが多いので、発症とともに診断がつき、同時に治療を始めることになります。
検査・診断
糖尿病の代表的な検査法は、尿検査と血糖値検査です。とくにインスリン非依存型糖尿病(NIDDM)は自覚症状が出にくいため、一般に健康診断の尿検査ではじめて気づくケースが多いようです。
①尿検査
尿検査では、尿に検査紙をつけて、尿の中の尿糖の有無や量を調べます。
腎臓で尿がつくられるとき、血糖値がある一定の値(170~180mg/dl前後)より高いと、糖が尿に排泄されます。健康な人の血糖値は糖が排泄されるほど高くないため、普通は糖が尿中に出ることはありません。そこで、尿の中に糖がみつかれば血糖値が高い、すなわち糖尿病の疑いがあるといえます。
ただ、糖が尿から排泄される基準の値(尿糖排泄閾値)には個人差があります。特に腎性糖尿では、血糖値が全く正常でも尿糖が陽性です。逆に糖尿病の人でも検査の仕方によっては見逃されることがあります。尿検査は定期的に受け、尿糖が出ていれば必ず血糖値の検査もして、糖尿病を見逃さないようにすることが大切です。
②血糖値検査
糖尿病の診断には、血糖値の検査が不可欠です。尿検査で尿糖が検出され糖尿病のおそれありと分かったら、血糖値を検査します。尿糖排泄閾値には個人差があるので、糖尿病でなくとも糖を排泄してしまう場合があったり、逆に糖尿病でも空腹時などは、尿に糖が出ないこともあるので、尿だけでは診断がつかないのです。
血糖値の測定は静脈血をとって、そのなかのブドウ糖の量を調べます。空腹時の血糖値が126mg/dl以上、または食後ほか任意の時間に測った血糖値が200mg/dl以上ある場合に糖尿病型とみなされ、それが異なる日に2回異常確認されれば、糖尿病と診断します。
さらに、血糖値が高くなくても糖尿病に伴う特有の症状や合併症がみられる場合には、やはり糖尿病と診断されることがあります。判断が難しい場合には、ブドウ糖負荷試験を行って判定します。
ブドウ糖負荷試験は、糖尿病の最も確実な検査法といえます。前日の夕食以降食事をせずに、検査当日の朝、空腹時の血糖値を測ります。その後75gのブドウ糖を水に溶かして飲み、30分おきに数時間、血糖値の変化を追います。この変化をみて、日本糖尿病学会の基準にしたがい、糖尿病かどうかを判断します。
また、グリコヘモグロビンA1c(HbA1c)検査も目安となります。これは1回の採血で過去1~2ヶ月の血糖の平均値のような値が分かる便利で有用な検査で、この値が6.5%以上なら糖尿病が強く疑われる、とされています。
ほかに血液検査では、インスリン濃度やフルクトサミン濃度、Cペプチド、コレステロール、中性脂肪、ケトン体なども測定されます。これらの血液検査の結果から、インスリン依存型か非依存型かなどをはじめ、詳しい病態の診断がつけられます。
このほかにも、眼底検査や神経の検査、腎機能検査など、合併症を診断するためのさまざまな検査があります。
治療の原則
現在、膵臓ランゲルハンス島β細胞のインスリン分泌能を完全に回復させる治療法はまだみつかっていません。したがって、糖尿病を完治させることはできないのです。つまり、糖尿病治療の目的は、血糖の正常化により、口渇、多尿、体のだるさなどの自覚症状を軽減することと、合併症を予防することにあります。治療によって血糖値を正常範囲に保てば、糖尿病であっても健康な人と同じように日常生活や社会生活を営むことができます。
治療の基本は、食事療法と運動療法です。インスリン非依存型糖尿病(NIDDM)の場合、高血糖の状態が軽ければ、この2つを実行するだけで正常な血糖値が保てます。それでも効果がないときは、経口血糖降下薬やインスリン療法を行うことになります。インスリン依存型糖尿病(IDDM)の場合は、食事療法・運動療法とともに初めからインスリン療法を行います。
合併症
糖尿病の治療が不十分だったり、発症しているのに長時間治療せずに放置して、高血糖の状態が長く続くと、さまざまな合併症が起こってきます。代表的なものが糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、糖尿病性神経障害で、これらは糖尿病の三大合併症と呼ばれています。いずれも高血糖の影響から血管、とくに毛細血管に変性をきたし、血管の閉塞や出血などによって起こる臓器障害です。
糖尿病性網膜症は、眼の網膜の毛細血管が、高血糖によってつまったり破れたりして視力障害が起こる病気で、進行の程度によって3段階に分類されます。いちばん初期の段階を単純網膜症といって、この段階では視力に関する自覚症状はあまり出ません。次の段階を前増殖網膜症、最終段階を増殖網膜症といい、症状が進むにつれて網膜に出血を起こしやすくなります。最悪の場合は失明に至り、日本の成人の失明原因のトップはこの病気です。
糖尿病性腎症は、腎臓の糸球体の毛細血管が高血糖のため変性して血液のろ過機能が低下し、排出されるべき老廃物が血液中に増えてしまう病気です。進行して腎不全となれば、命にかかわります。尿中微量アルブミンを指標としてその数値に注意しながら厳格な血糖コントロールを行うことが、糖尿病性腎症の予防または進展予防につながります。
糖尿病性神経障害は、高血糖の影響でおもに末梢神経の神経細胞が変性して障害が起こるものです。侵された神経の種類や部位によって、痛みや知覚異常など、さまざまな神経症状を起こします。
三大合併症のほかにも、糖尿病はさまざまな合併症を引き起こします。たとえば、感染症にかかりやすくなります。これは血糖が高いと血液中の白血球の機能が低下するためです。日和見感染といって本来は病気を起こさない弱い細菌やウイルスによって病気になったり、かぜなどの症状も重くなり、傷も化膿しやすくなります。また、糖尿病は高脂血症や高血圧をともなうことが多いので、心筋梗塞や脳梗塞などの動脈硬化症が起こりやすくなります。糖尿病の女性が妊娠した場合は、妊娠合併症の危険性が高くなります。